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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)221号 判決

昭和五三年(ネ)第一三一号事件被控訴人

同年(ネ)第二二一号事件控訴人

(第一審原告)

杉本勇

右訴訟代理人

中平健吉

河野敬

昭和五三年(ネ)第一三一号事件控訴人

同年(ネ)第二二一号事件被控訴人

(第一審被告)

協同乳業株式会社

右代表者代表

永井國男

昭和五三年(ネ)第一三一号事件控訴人

同年(ネ)第二二一号事件被控訴人

(第一審被告)

竹田哲也

右両名訴訟代理人

島林樹

外二名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告らは各自第一審原告に対し、金一二九五万七四八五円及びうち金一一七四万一七七九円に対する昭和五一年五月一三日以降、うち金四〇万六六〇二円に対する昭和五二年八月三日以降、うち金七六万一八九三円に対する昭和五五年三月一三日以降、うち金四万七二一一円に対する同年一二月六日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  第一審被告らの各控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告らの連帯負担とする。

四  この判決の第一項1は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告(当審における拡張、減縮後のもの)

1  原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。

2  第一審被告らは各自第一審原告に対し、金四三二三万〇七九三円及びうち金二三万五七一〇円に対する昭和五一年五月一三日以降、うち金四一一〇万八七〇二円に対する昭和五二年八月三日以降、うち金一八二万七三六七円に対する昭和五五年三月一三日以降、うち金五万九〇一四円に対する同年一二月六日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  第一審被告らの各控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

との判決並びに右1、2、4項につき仮執行の宣言

二  第一審被告ら

1  原判決中第一審被告ら敗訴の部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

3  第一審原告の控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張及び証拠

次のとおり補正、附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(主張)

一  第一審原告〈前略〉

「7 休業損害及び逸失利益

(一) 第一審原告は昭和二年八月三〇日生れの大工であり、本件事故直前三か月の平均収入は月額金一八万九一六六円(一日につき金七三八八円)であつた。

ところで、全建総連東京都連合会における大工職の一日当たりの協定賃金は、昭和四八年四月から金六〇〇〇円、昭和四九年四月から金八〇〇〇円、昭和五〇年四月から金一万円にそれぞれ改訂され、更に昭和五一年以降昭和五五年まで毎年四月に金一〇〇〇円ずつ上昇している。仮に、大工職の現実の賃金の上昇が右協定賃金の上昇率のとおりでないとしても、特別の個人的事情のない限り、それは少なくともわが国における賃金一般の平均的上昇率と同一であると推定すべきである。そこで、総理府統計局編の日本統計年鑑(昭和五五年版)により明らかな全産業労働者の名目賃金指数の推移から賃金の上昇率を算出すると、昭和四八年から昭和四九年が27.1パーセント、昭和四九年から昭和五〇年が14.8パーセント、昭和五〇年から昭和五一年が12.5パーセント、昭和五一年から昭和五二年が8.5パーセント、昭和五二年から昭和五三年が6.3パーセントとなるので、右により第一審原告の月収を算定すれば、次のとおりとなる。

昭和四九年四月からは金二四万〇四二九円

189,166×1.271=240,429

昭和五〇年四月からは金二七万六〇一二円

240,429×1.148=276,012

昭和五一年四月からは金三一万〇五一三円

276,012×1.125=310,513

昭和五二年四月からは金三三万六九〇六円

310,513×1.085=336,906

昭和五三年四月からは金三五万八一三一円

336,906×1.063=358,131

昭和五四年、昭和五五年については、前記協定賃金の上昇率の範囲内で控え目に見積もつて五パーセントとして算定すると、次のとおりとなる。

昭和五四年四月からは金三七万六〇三七円

358,131×1.050=376,037

昭和五五年四月からは金三九万四八三八円

376,037×1.050=394,838

(二) 休業損害 金六三八万二九六七円

第一審原告は、前記傷害の治療等のため昭和四九年三月二〇日から視力障害が固定した昭和五一年四月八日まで休業を余儀なくされた。

そこで、前記月収に基づき休業損害を算定すると、次のとおり合計金六三八万二九六七円となる。

(1) 昭和四九年三月二〇日から同月三一日まで

7,388×12=88,656

(2) 昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日まで

240,429×12=2,885,148

(3) 昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日まで

276,012×12=3,312,144

(4) 昭和五一年四月一日から同月八日まで

7,388×1.271×1.148×1.125×8=97,019

(三) 逸失利益 金三八三六万五九四三円

第一審原告は、前記後遺障害により労働能力を五六パーセント喪失したものであり、昭和五一年四月九日からなお約一九年間稼働しうるので、前記月収に基づきその逸失利益を算定すると、次のとおり合計金三八三六万五九四三円となる。

(1) 昭和五一年四月九日から昭和五二年三月三一日まで

(310,513×12−97,019)×0.56=2,032,316

(2) 昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日まで

336,906×12×0.56=2,264,008

(3) 昭和五三年四月一日から昭和五四年三月三一日まで

358,131×12×0.56=2,406,640

(4) 昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日まで

376,037×12×0.56=2,526,968

(5) 昭和五五年四月一日から一五年間(新ホフマン式計算法による現価)

394,838×12×0.65×10.981=29,136,011」

〈中略〉

二  第一審被告ら〈前略〉

4(一) 第一審原告は、本件事故以前の昭和四七年三月一八日交通事故にあい、該事故による膝関節部神経損傷の後遺障害について労災等級一二級一二号の評価を受け、判決により、労働能力を一四パーセント喪失したものとして、症状固定時たる同年一二月一四日から六四才までの就労可能期間の逸失利益として金二五一万四七四二円を認定され、加害者の使用者から昭和五四年三月三一日までにその全額の支払を受けた。

(二) また、第一審原告は、本件事故後である昭和五三年七月二〇日前記のとおり株式会社常葉工務店に就職して大工作業に従事中梯子から落下し、腰部挫傷の傷害を負つたとして、三か月間入院治療をし、治ゆと判定された昭和五五年六月三〇日までの期間の休業補償として合計金三九七万七七五六円の労災保険給付を受けた。

(三) 右(一)によれば、第一審原告の本件受傷による休業損害、逸失利益の算定にあたつては、通常大工職に支払われるべき賃金の額ではなく、その額から一四パーセント相当額を控除した額を基準とすべきである。

次に、右(一)、(二)のとおり支払を受けた額に本件受傷による休業損害、逸失利益の額を加算することにより、第一審原告の本件事故以前の収入額を上回ることになつては損害賠償制度の目的に反するから、重複を避けるため、右支払を受けた額を右休業損害等の額から当然控除すべきである。また、第一審原告が右(一)、(二)のとおり支払を受けていることは、本件慰藉料の算定にあたつても十分斟酌されるべきである。

(証拠)〈省略〉

理由

一当裁判所は、第一審原告の本訴請求は第一審被告らに対し、各自損害賠償金一二九五万七四八五円及びうち金一一七四万一七七九円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年五月一三日以降、うち金四〇万六六〇二円に対する原審における訴の追加的変更申立書到達の日の翌日である昭和五二年八月三日以降、うち金七六万一八九三円(第一審原告の当審における主張3の(一)(1)及び(二)の損害合計金三二万七三六七円につき二〇パーセントの過失相殺を行つて得られる金二六万一八九三円と当審における弁護士費用金五〇万円とを合計した金額)に対する該金員の請求を記載した当審準備書面到達の日の後である昭和五五年三月一三日以降、うち金四万七二一一円(第一審原告の当審における主張3の(一)(2)の損害金五万九〇一四円につき二〇パーセントの過失相殺を行つて得られる金額)に対する該金員の請求を記載した当審準備書面到達の日の後である同年一二月六日以降(以上の訴状等各書面の到達の日はいずれも訴訟上明らかである。)、それぞれ完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余を失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり補正、附加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  〈省略〉

2  原判決一六枚目表五行目から同一八枚目表末行までを次のとおり改める。

「(二) 〈証拠〉によると、第一審原告の前記各症状のうち、頸部の運動障害の点は、前記手術によつても結局改善されず、通常人の正常可動範囲が前屈六〇度、後屈五〇度、左屈、右屈各五〇度、左回旋、右回旋各七〇度であるのに対し、右手術後約四か月を経てほぼ症状が固定した頃である昭和五〇年五月三一日の測定では、前屈一五度、後屈四五度、左屈五度、右屈二五度、左回旋三〇度、右回旋四〇度であり、同年八月一二日の測定では、前屈五ないし一二度、後屈五五度、左屈五度、右屈三〇度、左回旋三〇度、右回旋四〇度であり、その後も右運動領域にはほぼ変化がないこと、神経症状は、昭和四九年一二月頃固定したが、その時点でも、他覚的所見こそ認められないものの、相当強い頭痛、めまい等の神経障害が残つていたこと、そして、眼の障害としては、左眼の視力が事故前に比べて低下し、昭和五〇年一〇月一九日以降矯正視力の検査結果が0.1を示したこと、以上の各後遺障害の等級について、自賠責保険では、昭和五一年五月頸部の運動障害につき自賠法施行令別表の等級八級二号、神経障害につき同一二級一二号、視力障害につき同一〇級一号にそれぞれ該当するものと査定したこと、第一審原告は、昭和五四年末頃本件の証拠資料とするため関東労災病院の副院長兼第一脳神経外科部長大野恒男医師に本件受傷による後遺障害の等級について鑑定を依頼し、同医師は自ら及び同病院各科の専門医の検査結果に基づき昭和五五年一月二〇日付けをもつて鑑定書(甲第三八号証)を作成したこと、右検査結果によれば、頭部X線所見、頭部、頸部CT所見、脳波所見はいずれも正常であるが、第一審原告の主訴及び自覚症状は頸部の運動障害及び視力低下のほか、左側頭痛、中央及び左の頂部痛、左肩こり、めまい感、左耳鳴り、左難聴、易疲労感、動悸、異常発汗等多岐にわたること、同医師は、傷病名を頭頸部外傷症候群とした上、頸部の運動障害については、前記等級八級二号(前屈二五度、後屈五〇度、右回旋正常、左回旋はやや制限される)、頭頸部の神経症状については同九級一〇号、視力障害については心因反応とみて同一四級一〇号と判定し、その他に精神医学的所見として、知能、記銘力等に低下があり、これが同九級一〇号にあたるとし、以上を総合して、併合繰り上げにより第一審原告の後遺障害は同七級に該当すると判定していること、以上のとおり認められ〈る。〉

(三) 以上(一)、(二)に認定したところを総合すれば、第一審原告は本件事故による受傷により頸部の運動障害、神経症状、心因性の左眼の視力障害の後遺障害を負つたものであり(〈証拠〉に挙げられている精神医学的所見については、同号証自体本件事故との因果関係に疑問を留保しており、他に右因果関係を認めるに足りる証拠はない。)、右各後遺障害の程度を自賠法施行令別表の等級により表すならば、前記大野恒男医師の判定に従い、それぞれ同八級二号、同九級一〇号、同一四級一〇号に該当すると認めるべきである。

右認定のうち、まず、因果関係の点に関し、第一審被告らは、第一審原告の頸部の運動制限は前記筋縫合手術によつてかえつて悪化したと主張するが、これにそう〈証拠〉はにわかに採用しがたく、他にこれを肯認すべき証拠はなく、本件事故と大後頭部直筋の断裂との間の因果関係についても、〈証拠〉によると、第一審原告は事故直後から左の首すじの異常を申し立てていたことが認められ、かつ事故の前後を通じ他に右断裂の原因について特段の証拠がない以上、右断裂は本件事故によるものと推認するのが相当であつて、これを疑問とする〈証拠〉は原審証人加藤正の証言に照らしにわかに採用しがたい。また、第一審被告らは、第一審原告の神経症状は本態性高血圧症に起因する旨主張し、〈証拠〉によれば、第一審原告には高血圧症があることが認められるが、右主張は〈人証〉に照らし採用しがたい。更に、右神経症状が第一審被告ら主張のように詐病の強いものであることを認めるに足りる証拠はなく、左眼の視力障害についても、〈証拠〉によれば、関東労災病院における前記検査の際、眼科医はこれを詐病と判定しているが、右は必ずしも詐病とまでは断定できず、心因反応とみるのが妥当であると認められ、〈証拠〉も、右視力障害が詐病であるとまで断定するものではなく、他にこれを詐病であると認むべき証拠はない。

次に、第一審被告らは、前記各後遺障害の程度について、自賠法施行令別表の等級に関する前記認定を種々争うが、〈証拠〉をもつては右認定を左右するに十分でなく、他にこれを左右するような的確な証拠は存しない。」

3  原判決二〇枚目表一行目から同二二枚目裏二行目までを次のとおり改める。

「7 〈省略〉

8 休業損害及び逸失利益

(一)  〈証拠〉によると、第一審原告は昭和二年八月三〇日生れの大工であり、本件事故直前三か月(昭和四八年一二月、昭和四九年一月、同二月)の平均月収は金一八万九一六六円であつたことが認められ〈る。〉右認定の月収は第一審原告が本件事故直前に現実に得ていた額であるから、後記認定のとおり第一審原告が当時前件交通事故により労働能力を一部喪失していたからといつて、本件事故による休業損害及び逸失利益の算定にあたり、右月収から何らかの控除をした額を基礎とすべきいわれはない。

ところで、〈証拠〉によると、全建総連東京都連合会における大工職の一日当たりの協定賃金の額及び全産業労働者の名目賃金指数の推移から算出される賃金の上昇率はいずれも第一審原告主張のとおりであることが認められる。しかしながら、右協定賃金については、あくまでも一応の基準であり、これが改訂されたからといつて、直ちにこれと同一の割合で第一審原告の収入が上昇するとは限らず、右改訂が第一審原告の収入の上昇に現実にどのように影響するかについての具体的な立証もなく、また右名目賃金指数の推移から算出される上昇率についても、全産業労働者についての統計的な数字に基づくものであつて、これをもつて直ちに第一審原告の収入の上昇率を推認することは相当でないと考えられる。そして、後記認定のとおり第一審原告は、本件事故以前の昭和四七年三月一八日交通事故にあい、該事故により膝関節部神経損傷の後遺障害を負い(症状固定時は同年一二月一四日)、労災等級一二級一二号の評価を受け、のちに判決により労働能力を一四パーセント喪失したものと認定されているという事情があり、また、〈証拠〉を総合すると、第一審原告の大工職の形態は独立の大工として家屋建築の一部を請負うこと(いわゆる手間請)を主とするものであることが認められ、その収入には相当不安定な面があることがうかがわれるうえ、右のような形態の大工職としては既に年齢的に盛りを過ぎているものとみられることなどを考慮すれば、第一審原告の本件事故後将来にわたる収入の増加は相当控え目に見積もるべきであり、本件事故後、後記認定の休業期間中(昭和五〇年五月二〇日まで)の月収は前記金一八万九一六六円とし、その後昭和五五年五月二〇日までの五年間については前年の額を五パーセントずつ増額した額をもつて順次各一年間の月収とし、同月二一日以降の後記稼働可能期間中の月収は同月二〇日現在の月収を五パーセント増額した額とするのが相当である。

(二)  休業損害 金二六四万八三二四円

前記傷害の部位・程度、治療経過、後遺障害の症状固定時期等から判断して、第一審原告は、本件事故後一四か月間、すなわち、杏林大学附属病院を退院してから約二か月後であり、かつ、頸部の運動障害の症状がほぼ固定した頃である昭和五〇年五月二〇日まで休業を余儀なくされたものと認めるのが相当である。

そこで、以上に基づき第一審原告の休業損害を算定すると、次のとおり金二六四万八三二四円となる。

189,166×14=2648,324

(三)  逸失利益 金一五七〇万六五〇五円

第一審原告は、昭和五〇年五月二一日以降満六四才余に達するまでの一七年間は稼働できるものと推認すべきところ、先に認定した第一審原告の各後遺障害の内容、程度、年齢、職種等諸般の事情を総合すれば、第一審原告は右各後遺障害により本件事故当時有していた労働能力を右稼働可能期間を通じて平均四五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

第一審原告は、右喪失率を五六パーセントと主張し、なるほど、前記各後遺障害の自賠法施行令別表の等級は、頸部の運動障害につき八級二号、神経症状につき九級一〇号、視力障害につき一四級一〇号に該当することは前記認定のとおりであり、以上を併合繰りとげすれば七級となるものであり、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日付基発第五五一号)の労働能力喪失率表によれば、自賠法施行令別表の等級七級に該当する障害の労働能力喪失率は五六パーセント、同八級に該当する障害のそれは四五パーセントとされている。しかし、第一審原告の右各後遺障害のうち最も障害の程度が高い頸部の運動障害は、前記のとおり右屈及び右回旋に関する限り顕著なものではなく、左屈及び左回旋も全く不可能というわけではないこと(昭和五四年末頃の関東労災病院における測定では、左回旋はやや制限されるという程度にとどまる。)、神経症状については、いずれも他覚的所見を欠き、本人の自覚的愁訴による面が強いこと、当審証人白石春雄、同楢木野聖美の各証言によれば、第一審原告は昭和五三年七月頃新聞広告の大工募集により株式会社常葉工務店に就職して大工作業を行い、ほぼ一般の大工並みの日当の支払を受けており、その作業振りは熟練度においてはともかく、運動能力の面で特に劣つているとは周囲の者から見られていなかつたことが認められること、もつとも、右株式会社常葉工務店における就労については、第一審原告において特に努力していたものと推認されないわけではなく、かつ、右各証言によれば、第一審原告は一〇日余りの間働いただけで後記認定のとおり梯子からの落下事故を起こしていること、以上の諸事情を彼此総合して勘案すると、第一審原告の労働能力の喪失率を四五パーセントと認めるのが相当である。弁論の全趣旨により第一審被告ら主張のとおりの写真であることが認められる〈証拠〉も、これを左右するに足りない。

そこで、前記認定にかかる第一審原告の昭和五〇年五月二一日以降の推定月収に基づき、新ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除し、前記稼働可能期間中の逸失利益の右同日時点における現価を計算すると、次のとおり合計金一五七〇万六五〇五円となる。

(1) 昭和五〇年五月二一日から昭和五一年五月二〇日まで

189,166×1.05=198,624 198,624×12×0.45×0.952=1,021,086

(2) 昭和五一年五月二一日から昭和五二年五月二〇日まで

198,624×1.05=208,555 208,555×12×0.45×0.909=1,023,713

(3) 昭和五二年五月二一日から昭和五三年五月二〇日まで

208,555×1.05=218,982 218,982×12×0.45×0.869=1,027,594

(4) 昭和五三年五月二一日から昭和五四年五月二〇日まで

218,982×1.05=229,931 229,931×12×0.45×0.833=1,034,275

(5) 昭和五四年五月二一日から昭和五五年五月二〇日まで

229,931×1.05=241,427 241,427×12×0.45×0.800=1,042,964

(6) 昭和五五年五月二一日から一二年間

241,427×1.05=253,498 253,498×12×0.45×7.712=10,556,873

(四)  第一審被告らが当審における主張4(一)及び同(二)に主張する事実はいずれも当事者間に争いがないところ、第一審被告らは、第一審原告が右のとおり支払を受けた額を前記認定の休業損害、逸失利益の額から当然控除すべきであると主張するが、右のうち右主張4(一)の前件交通事故による逸失利益の支払については、本件事故とは全く別個の事故を原因とし、しかも本件事故による前記認定の各後遺障害とは重複せず彼此区別される部位、内容の後遺障害について支払われたものであることが明らかであるから、右支払を受けた額につき第一審被告ら主張のように解すべき理由はない。また、前記主張4(二)の労災保険給付は、客観的に見れば、当該落下事故当時第一審原告が有していた労働能力(本件事故による後遺障害によつて失われた分を除いたもの)による稼働が、本件事故とは別個の原因によりもたらされた部位、内容を異にする受傷により一定期間(本件事故による休業期間とは重複しない。)行いえないこととなつたことに対する補償として、右受傷の時点における現実の収入額を基礎に算定、給付されたものであるから、その全部又は一部の額を本件事故による前記認定の休業損害、逸失利益の額から控除すべきものではないと解すべきである。」

4、5、6〈省略〉

二よつて、右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(小林信次 浦野雄幸 河本誠之)

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